項羽と劉邦(11)です。

遂に咸陽に入場を果たした漢軍。
劉邦はかつて咸陽に一番乗りした時に人民に危害を加えなかったため、その人気は絶大であった。
そして咸陽に劉邦が最も信頼する張良もかけつけた。
稀代の論客として名を馳せる張良は項羽に対抗するため、再び各国の王を口説く旅に出る。
韓信の活躍、次々と集まる人材、劉邦はすっかり有頂天になっていた。
韓信、張良が止めるのも聞かず、項羽を倒すべく、東征を決意した劉邦。
不安を感じた韓信は咸陽の守りを申し出、大元帥の印を返す。
そして劉邦は周りの反対を押し切って魏豹を大元帥に任じた。
項羽がいない隙に彭城を奪った劉邦。
しかし韓信がいない今、規律は守られず漢軍は略奪を繰り返し、酒に溺れていた。
怒りの項羽は彭城に兵を向ける。
魏豹ではやはり大元帥には荷が重く、漢軍は項羽の前に大敗を喫し、劉邦も九死に一生を得るのだった。
大敗の責任を問われ、魏豹は大元帥の任を解かれたが、韓信は劉邦のもとには現れなかった。
家柄で魏豹が選ばれたことに自尊心を傷つけられ、咸陽の屋敷に閉じこもる韓信。
深く反省した劉邦と張良は、韓信を呼び戻すため、国を挙げての大芝居を打つ。
韓信がいないと見るや、項羽が攻め入ってきた。
劉邦は韓信の残した言葉通り、王陵を大将に任じる。
王陵は期待通りの働きで楚軍に大被害を与える。
項羽は人質として捕らえてある王陵の母を利用して味方に引き入れようとするが、王陵の母は自ら命を断つ…。
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